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【日航123便 ・ 自衛隊員の自殺率の嘘】

※これはフィクションです。ネットに落ちていた、あくまで噂と憶測のお話です。
軽く読んで下さい。写真はCGかも。
463e5eb6-s自衛隊東日本救助

1981年より自衛隊員の自殺数の調査が行われている、そして1982年から自殺数が急激に上がり1986年には年間90人以上と81年から73パーセントも増加している。

だが実は1981年に調査を開始した記録はなく、1986年に 急に以前から調査していたかのように自殺数を公表しはじめた、一省庁のなかで年間これだけの自殺者が出るのは、不自然であり不審であるが報道すらされなかった。
しかもなぜわざわざ81年から調査している、などと嘘をつかなければならないのか?
自殺率増加というマイナスイメージしか生まない情報操作は何を意図したものか?

最初に不審な自殺者が出たのが
1986年 7月      航空自衛隊パイロット2人首吊り自殺。(写真(a)中の被写体)
1986年 9月12日  航空自衛隊員1人が自殺。(生前友人に写真2枚↑を預ける)
9月14日  航空自衛隊員1人が自殺。
(これを皮切りに謎の自殺数増加が始まる・・当事者、嗅ぎつけた者、次々消し・・?)
imgf8231919zikazj自衛官自殺

一枚は7月に自殺した自衛官二人の写真(a)である。(ボカシをいれてある)
当時隊内では同性愛者の心中では、と茶化されて終わったという。

二人は自殺をはかった直後に発見され、自衛隊病院に運ばれ病院内で死亡
ということで、司法解剖も、検視解剖もされなかった。

だがこの写真の異様さに気づくだろうか、身長ほどの高さで吊られているが、
踏み台も何もない。しかもパラシュートコードを使ったというが、このコードは6ミリ程で300kg近い耐力があり、首への食い込みは太いロープなどと違い
血管も神経も切断する。

それを偶然、自殺直後に発見、撮影までした後、病院に搬送するまで生きているとは考えづらくはないか?(4人とも遺書なし)
死んだと分かっていれば 検視官&ホラー・カルトは写真を撮るかもしれないが、
死の確証がなければ普通飛んでいって、介抱するのが常識的行動だよね。
写真撮るか、フツー!?

そしてもう一枚の写真(b)が暗い倉庫内(建造物にはモザイクをいれた)の写真だがこれは何なのか?なぜこの2枚の写真を何の説明もなく友人に預けたのか?

日航123便の垂直尾翼はその70パーセントが見つかっていない。

「資料1」の写真は暗い倉庫でフラッシュ無しで撮影されたようで、解像度が非常に悪かったのを最大まで解像度を上げ補色処理をしたものだが、何に見えるだろう?
imge3abbd36zik9zj尾翼欠損部絵 2

折れ曲がり、ボロボロだが、これは失われた「70パーセント部分」ではないのか!?
相模湾上空で失い行方不明のはずの垂直尾翼の写真を、なぜ自殺した自衛隊員が持っていたのか。もし自衛隊で回収したのであっても隠す必要はどこにもないはず。

うわさ・・・「日航123便は自衛隊に撃墜された」

「写真(b)」の右はじ部分まくれあがってるような部分があるがそこにオレンジと黒の色が見えるが、123便に使用されている塗料は白黒赤だけであり、
「オレンジ色」は一切使われていないという。

事故当時のニュースで日航側の事故調査員が金属片を回収しようとして証拠隠滅の容疑で自衛官に連行されたが、自衛官がなぜ連行なんかしてるのか関係者の間で疑問だった。その後このニュースは一切流れることはなかった。このとき調査員の回収しようとした金属片も日航機には使用されていない「オレンジ色」の破片だった…。

ここで一番下の写真を見ていただきたい、自衛隊の採用している二種類の
鮮やかな「オレンジ色」のミサイル照準訓練用の小型標的機である…。

http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-1095.html

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