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暗い話 から まぶしい話。

暗い話 から まぶしい話へ。

人生が絶望で、もう生きてても楽しいことなぞひとつもないとしか思えないような時、一時間に何回も何回も「死にたい。」という思いが浮かんでくる。

心に浮かぶのか、頭で脳でおもってるのか、どこから来るのかしらないけれど、最近そういう日が何日かあった。でも負けたらあかんので、なんとかポジティブに、マイナス想念に押し流されないように今までは「死にたい」とおもったら、すかさず、「いや、生きるね。」と、間髪いれず死にたい想念を否定してきた。この作業を続けていて、ふと気づいた。

本当に死にたいのか?・・・よく考えたら

「生きてても生活苦しいし、いつもお金がないし、当然親しい異性もできないし、ひとり孤独で、健康も害し、当然仕事もマトモに務まらないから、生きてても幸せ感はこれからもあまりない」

と勝手に想像して「=じゃぁ、死にたい」という思いに繋がってるコトを発見。

本当は 死にたい じゃなくて、お金が欲しいんだし、彼女か嫁さんが欲しいんだし、健康がほしくて、人に誇れるような、やりがいのある仕事がほしいんだ  ・・よな。

その全てが、今無くて、今後も、もたらされそうにない と「今までの人生の悲しい学習・繰り返しの結果として」明るい未来が全く想像できない・・・から、死にたい。ワケなんだ。


でも神様は多分いるわけで、最低限ギリギリの生活はとりあえず(笑)もたらしてくれているように思えるわけで。

最近「念が強いと願い事が叶う確率は上がる」という本を読んだ。じゃぁ、素直に神様に「お金が欲しい!」と願おう、と思った。思うだけでなく稼げよ、と批難されるだろうけど、イチニチ2時間働くのが精一杯の今の体では、それもやむなし。

じゃぁ願おう。すると少しなんか楽しくなってきた気がする。

「死にたい」・・じゃなくて 「お金ください。」
「神様苦しいので、もう少しお金ください・・。お手当上げて・・・。プリーズメニーマネーギブミー。」

多分千分の一くらいは叶えてくれそうな気がするから、願うくらいはバチも当たらんだろうし、じゃぁ願おう。

神様にすがるとか、願うとかって、もっと素直にしてもいいんだろうな。
物理主義の世界だから、自分で頑張って、生きなさいって刷り込まれてきたけど、他力本願は実は大事だということはどこの宗教でもいってることで。

強く生きながら、最後は神頼み。おめぐみくださ~い。かみさーま。おーあわーがっ!!
まいがっ!はエゴつよい感もあるよな。まいがと同時に、みんなの、すべてのガっだよな。(ああ、oh my ゴッド!のことです。)

ということで、一時間に何回もお願いすることに決めました。
自殺しそうになってくまえに一万回も神様におねだりしてやろう・・・。
ジャラジャラ、金の音。なぜか小銭。パタリロか。金貨がいいな。
ロマンとメルヘンと光り輝く美しさとを兼ね備えて。
長靴下のピッピという映画で、ピッピはぼろ袋に金貨をうならせて、ここぞというときに大人を買収していた気がする。うーん。ワイルドだろぉ!?・・・きんかだぜぇ・・・!?

やー、いつのまにやら最後の雪積の上にお日さま さんさんの銀世界が・・・。まぶしいねぇ・・・。

ということだ。

テーマ : 日常の出来事 - ジャンル : ブログ

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