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4月26(土)熊森鳥取西部主催での勉強会レポート

4月26(土)熊森鳥取西部主催での勉強会レポート

   テーマ「海の変化について」

   講師 水産庁境港漁業調整事務所資源管理計画官
                 上田勝彦氏


講師の上田さんは
水産庁 境港 漁業調整 事務所
資源 管理 計画 官  (区切って読んだら読みやすいかと思って切ってみました。)
という仕事をしている方だった。要するに昔からありがちな漁師同士の喧嘩、もめごとの仲裁、調整をするお仕事らしい。資源管理とは永続的におさかなさん達をとる為の作戦?のようだ。島根鳥取福井大阪兵庫など6府県の広域資源の調整。

海がおかしいことに、今から15年ほど前に気付いた。当時はオゾンホールとかの話がさかんにされていた頃で、まだ今ほど地球温暖化の話は出ていなかった。その頃から年々日差しがキツク、「痛く」なってきている。海は水が緩衝材になるので、陸地より後に、時間差で変化が感じられるようになる。そう行った変化が実に身近な海や川で日常的に感じれるようになってしまった。

山陰沖では見なかった魚、主に南方系の魚がどんどん北上している。水温が低下しない為にアワビが産卵せず、人口産卵をするはめになった。

昔から日本では、「海と山は一体」という文化があり、「魚つき林」「黒ミ山」(魚の群れで黒く見える)「網代山」などの呼び方があり、漁労に対する昔日の人々の意識が良く伝わってくる。現代においてもそれは変わり無く、海と山とは切っても切れない関係にあり、山土の滋養が時間をかけて海に流れて海生物を育むのだから、全ての森林は「魚つき林」であるともいえる。

砂浜や干潟は汚れをものすごく分解する。それをコンクリートで、どんどん加工、細工してしまったので自然生産力もどんどん低下している。
山でも問題になっている、スギやヒノキ木を植えて、そのままほったらかし(放置プレイ)も同じ次元の問題。

地球を考えた時、生体ピラミッド、食物連鎖の三角形の、どこに人は位置することができるのだろうか?下から順に、植物プランクトン、動物プランクトン、イワシ、サバ、マグロ…。一般ではその上、頂点に人は置かれてるように思うけれど、実際にはその全てを人は食べている。全ての階層に影響力、介入権を持つ人間はどう生きたらいいのか…?
人の活動は消費ばかりだ…。

マグロを食べるのは人、シャチ、歯をもつクジラ。(余談だが、体調5メートル以下のクジラをイルカと呼ぶそうだ)
食物連鎖の生態ピラミッドの、全てが人間の居場所である、と気付いた時に、
「人間は単なる寄生虫なのか!?」もし人間が存在しても良いのならどういう事をしなければいけないのか?という考えにぶつかった。

エベレスト8850メートルと、
マリアナ海溝-10900メートルの間、海と山の接点、海抜0メートルに近い当たりに、自然界の生産物(無機物から有機物を作る自然法則)は多く作られるようにできている。人間の生活圏もそのあたりで、それゆえに環境破壊も一番進んでいる場所だ。

ピラミッドに存在する全ての生き物はみんな、自分の役割に忠実に生きている。そのなかで、子供を残し、死んで逝く…。食べて、食べられて…。ミジンコはメダカに食われない為に集団避難、疎開したりはしない…。
この三角形を維持しないと人間は生きては行けない。逆に、「こう生きなさい」と自然界は伝えてる……。

人間としてどれだけ自然界に貢献してる?恩返しをしている?人間のみが「自由意思」により、破壊者の寄生虫にも、貢献者にもなれる権利を与えられている…。他の生物は恩恵を受けると同時に同じくらいの貢献をしている。せめて他の生物並に貢献を…。食べ方、出し方を考えて…。

エコ活動にはいろいろなのがあって、クジラが生きていけるような地球でないといけないとする団体、人が手をつないだチェーンで大木を守る団体、砂浜のゴミを拾うグループ、いろいろある。そう行った活動のなかで、行動以上に、「癒し」を求めて参加している人がとても多いように思うんだけど、それだけではいかんだろうと思う。もちろん癒しも大事なんだけど、その奥には「強くあらねばいけない世界」が厳然と存在する…。

破壊活動は悪しき「無」の方向へ向う。ナッシング…。
その昔「沈黙の春」と言う有名な本があったけど、そんな感じ。良く漁師さんたちに話すんだけど、
「魚を(際限無く)獲り続けても資源枯渇で死ぬし、獲らなくても社会的に死ぬ。…それでも人は地球と運命をともにする、心中するしかないわけで…。だからこそあきらめずに生きないといけないと強く思う。」

日本の海岸線はほとんどかつて燃料に伐採したのでほとんどが二次林とよばれるもので、原生林はもはや、奥山か鎮守の森くらいしかない。樹冠(じゅかん・木のシルエット、姿)を見れば二次林か原生林かはすぐにわかる。

琉球王朝時代の沖縄は、海の為に山をとても大事にしていた。
「山ヌハギ、海ヌハギ。」
山が禿げると海もはげる…。

アイヌのシャケの獲り方も面白く、川に立ってシャケが川を登るのを見ていて、一匹通ると
「これは神様の分。」

もう一匹通ると
「これは熊の分。」

3匹目でやっと
「私達が頂きましょう。」となる。

昔は木を取るのにも思いやり、制限があった。漁師の思いやりが先ほどの「魚つき林」という発想である。

有名な福岡正信氏の自然農法的発想
「耕さなくても、除草しなくても、肥料やらなくても自然を良く見て最低限の手入れだけしてやれば、米も野菜も果樹も立派に育つ…。」

宮沢賢治が有名な詩の中で書いていた
「よく見、よく聞き、分かり、そして忘れず」
ひたすらよく自然現象を見ているとある日、フッと気付く…。

ミカンの木に病気や虫が異常につくのは樹冠、木の姿を商売、換金、専門職業の為に異常に低く丸くしてしまった為に起こるのであって、本来の木の姿はとても手の届かない背の高い姿になる。自然と、専門職のバランスをもう少し考えるべき。


たまに東京に仕事やらなんやらで行って見ると、あんなごみごみした町にも自然はあるもので、雑踏の中を歩きながらアオスジ蝶がひらひら飛んで行くのと出くわす。産卵帰りかなー、と、勝手なロマン(妄想)をふくらます。

でもそれに気付いている人はおそらくほとんどいない。現象を見ていない。
全く「コンビニエント」な世界だ…。

現在日本のあちこちで山に木を植える活動があるんだけど、中でも有名な気仙沼の
「からくま湾」のお話。キャッチコピーは「森は海の恋人」
………いいねー。

カキの質が大変良いところで、なんでここのカキだけがこんなに質が良いのかを調べたら結局その上流の山がとても良い、森土が大変肥えていることに気付いた。そんなことから20年ほど前から漁民が林に入って
「ありがとう♪」
と言いながらの植林作業が始まった。

北海道襟裳岬のお話。屯田兵の開拓で、エゾ松(トド松、カラ松)がガンガン伐採されて、砂だらけになっていた。そこへ海草を敷き詰めて木の苗を植えていった。海草はぬめっているのでその「ぬめり」で、全部ひっついて、乾いて板状になって、苗が定着していった。現代の農業用「ビニールマルチ」の自然スーパーバージョンですね。

明治以降、民有林以外は全て国で管理した。残りの林は水、魚資源の為の保安林が残った。後は舟の航行の際の目印の為の「航行保安林」くらいが残った。

護岸工事や海岸造成で、自然の海岸線は日本から消えてしまったんだけど、これからは元に戻す作業に力を入れたら土建業はまだ20~30年は仕事ができるから、表向き、そういう発言も大事かなと思う。天然海岸復元事業。コンクリをはがして漁礁にする。

冬期、山にしっかり雪が積もると、その下流の海でシラス、イワシがわく、多く取れる。これが、気温が高くて、みぞれや雨だと駄目で、雪が良い時期に少しづつ解けて、ぽっとん、ぴっちょん、地価浸透するのが良いのかどうかは定かではないが、とにかく雪でないとだめ。このへんも自然のメカニズムの凄さを感じたりする。

宗教家や哲学者になる気は毛頭無いけど、どうしても自然の凄さを見ていると、そういう事、生き方や思想を考えさせられることについついなってしまう…。
温故知新、足るを知る発想、自然との調和を考えながら、日常第一で、あきらめずに生きていくのがやっぱり大事ですね。




質問座談会も含めて2時間ほどの勉強会だったけど、その内容は非常に興味深いものだった。話しもヘタな講演のプロよりはるかに力強く、面白かった。40代前半という事だったが、上田氏のキャラクターに参加者はかなりひきこまれていたようだった。
マンガ「おいしんぼ」の主人公をもう少したくましくした感じで、安定した話し方はみごとなものだった。聞けば長崎出身で、私の父方の実家と同じということで、親近感もわいた。

「熊が森から出てきたら保護するのも大事だけど、本当にもし日本の奥山が復活して、絶滅の危機も無くなったら、里に下りてきたら食べてしまうのもひとつの自然との『自然な付き合い方』ではないか。やみくもに可愛いから殺したらいけない、とかゆう団体の矛盾はあまりいい気はしない。」
という正直な発言、「エセ」の気配はいやだな、というメッセージには、新鮮に感動を覚えた。
「かしこい可愛いクジラを食うな」といって、牛を食いまくっている団体とかもあるし…。

木と熊を守ろうという、熊森協会員を相手に
「熊を食うのもひとつのあるべき姿、自然では?」とは…。参りました!

実家の長崎ではイルカもいっぱいいるそうで、イルカと泳ぐヒーリングがはやるずっと前から一緒に泳いでいたそうで、でも時々イルカも食べていた(!!!!)そうで、なんとも昔のワイルド&ハニーな日本人の姿を見た気がした。本土海人(ウミンチュ)。

護岸復元工事に土建業を使うのは表面としては良いけど、その為にまだまだ重税が続いて庶民の自殺が減らないのなら、また他の方法も考える余地もあるかな、と貧乏小生はひそかに思いつつ……、編集終わりにしたいと思います。

               レポート報告者、大山中芯のくまさんでした。

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テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア

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